思春期に会話をたくさんしたかった。
思春期にコミュニケーションの練習が出来なかったから今も人前でオロオロしてまともに話ができないんだ…
そんな過去に囚われ続けている私。
私そう思った具体的なエピソードを上げます。
その前に、以前別の記事でも書いたのですが、私は中学3年生の時、サッカー部の同級生にいじめられ、それが原因でサッカー部や団体競技の得意そうないわゆる陽キャの男子、またそれを好きそうな陽キャの女子を恐怖の眼差しで見るようになってしまいました。
どうしても向かい合えば「この人は運動をできない、ゲームばかりやってるオタクな自分をバカにしている。」と、勝手に恐怖し、全身が震えるようになってしまいました。
当時、まだアニメ文化は広まっておらずちょっと可愛い漫画を見ているだけでオタク扱い…
非常にいやでした。
当然、そんな姿勢は相手にも伝わりますよね?
「こいつ俺のこと嫌いなんだ。」と、思った人もきっといたかもしれない。
当然ですよね、相手は事情を知らない。
それをこじらせて、ひとりぼっちになってしまったのが高校2年生の時でした。
この高校は女子の制服が人気でそれ目当てに陽キャの女子が入ってくる割合が多い。(あくまで私の偏見です。)
そしてそんな可愛い子が集まる学校なので男子も上記であげたような私の苦手陽キャ(これもあくまで私の偏見です。)がそれ目当てで入学している。
スポーツが活発な子が多いのです。
私の震えるキーワード、「運動が得意」
2年のとき地獄を見ました。
40名ほどのクラスで25名程が女子。
残りが男子ですが、なんと私以外みんな陽キャ!!!
野球、サッカー、バスケができる。
イケメンでノリノリばかり。
私の学校生活は初日にして終わったと思いました。
「このクラスは俺のいる場所ではない。」
こうしてコミュニケーションをとることを拒絶してしまった私。
私のとった策は…
便所飯!!!
もうこれしかありません、授業以外は逃げるしか当時の私にはできませんでした。
先生も体育会系で相談なんてとても出来なかった。
この1年間、実はあまり学校の記憶がありません。
バドミントン部にも所属していましたが人間関係が悪くここでも居場所がない状況。
逃げようにマクドナルドでバイトを始めたら今度はマックの仕事についていけずボロクソに叩かれるしまつ。
記憶なんでほとんどありません。
あるのはつらいことから逃げて地元の友達と毎週土日夜中中遊んでいたことくらい。
そうでもしないと心のバランスが保てませんでした。
辞めるなんて許されなかった。
父は続けられないのが大嫌いな性格な上、高校のPTAの後援会長にまでなってしまいとてもやめたいなど言えない状況…
親に相談できない、ただただ地獄を生き続けていました。
もし周りにそういう子がいたらどうか手を差し伸べてほしいです。
お願いします。
1人はつらいです。
こうやって思春期に会話できなくて、それが大人になっても会話の仕方が分からない!
と、行為症が残ってしまうのです。